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『北伐』はたして勝ち目はあったのか?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/01/04(木) 17:51
馬謖が功を焦らなければ、勝ち目は出ていたのであろうか?
それとも、もともと勝ち目など無い無謀な戦いだったのか?
蜀に天下を取る可能性があったとしたら、そのポイントはどこにあったんだろう

931 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 15:14
姜維と夏侯覇は北伐でもしてないと、居場所がなかったのは確かだ。


932 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 15:56
ところで魏延の長安奇襲策なんだけどさ。
彼の言ってる事にはどれくらい信憑性があるんだ?
攻め込んだらすぐに逃げ出すだろう、なんてありえないと思うんだけどな。
あんな要地に良い武将がいなかったとは考え難いんだけど。
トップが夏侯ボウだったにしろ副将に誰か人物がいたんじゃないの?
それともあの時代はトップで何もかも決まってしまうんか?

933 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 17:41
基本的に後漢時代には常備軍というものが最低限のレベルしかなくて三国時代に
おいても貴方の想像をはるかに下回る常備軍しか持ってないんです。
まさか蜀が北へ進むことなどありえないと思っていた魏では荊州方面の守備は
固めていたと思うが長安方面などほぼノーガードだった。
だから1回目であれば成功したんだと。。。魏延の長安奇襲策も1回目のかなり
早い時期に実行できていれば奇襲として十分効果はあったと思われる。
しかし蜀の国力などを考えると無謀な策となるわけです。

934 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 18:44
なんか魏延の作戦を無謀とか言う奴がいるけれどそんなわけが無い。
劉備当時蜀で有名なのは孔明だけ。その孔明がキザンから周りの塞を潰しながら
北上してくるのに、ましてや実戦の指揮を取るのが初めての夏侯ボウには別働隊を
察知するのは不可能。しかも魏延が欲しいと言った兵力は五千。伏兵を置かれても
せいぜい五千の兵が潰されるくらい。(魏延は血路開いて逃げられるでしょう)
長安を取れるかもしれない作戦のリスクとしては少ないではないだろうか。

さて、それは孔明もわかっていたはずだ。では何故そうしなかったのか。
ここでゲームで例えさせてもらう。(外出のようにゲームにはしっかりとしていない事も多いが)
皆さんはゲームで城を取って兵が足りなくて維持できなかったことがないだろうか?
上にもあるように三国時代の常備軍は圧倒的に少なかった。ましてや蜀などの小国では
長安まで攻め取ってもそれを維持することが出来なかったと考えられる。
ではそんな国力の状態で何故北伐を敢行したのか。
それが知りたければ阿能務さんの三国演技を読んでほしい。書けないことも無いが・・・。




935 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 18:55
>>934
せいぜい5000て・・・
5000そろえるのも難事だぞ、それだけでも大変
てか前から思ってたんだがよく蜀の豪族達が北伐に兵を拠出したんだ?
第一次はよいとしてそれ以降が

936 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 18:57
>>934
 意見は否定しないが、実際は孔明ですら無名で、劉備が死んでから誰もいないと安心してたら諸葛亮なる者が攻めてきて魏宮廷は驚いたというのが、孔明のメジャーデビューだよ。
 だから、さらに奇襲の効果は高かったかもしれないね。


937 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 18:58
いや劉備が死んだことすら知らなかったんじゃなかったか?

938 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 19:04
>>937
いや劉備が蜀を取った事すら知らなかったんじゃなかったのか?

939 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 19:05
>>938
 いや劉備がいた事すら知らなかったんじゃなかったのか?


940 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 19:06
いや蜀があった事すら知らなかったんじゃなかったのか?

941 :937:02/05/25 19:06
>>938
一応魏略(信憑性はともかく)がソースなのだが蜀には劉備が
いるだけだと思っててそれが何もしてこないから何の備えも
してなかったと書いてある

942 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 20:13
>>934
1 夏侯ボウが、一戦もせずに逃げ出す
2 それ以下の人間も、また降伏・逃げ出す
3 その後、何の混乱も無く、長安以西を治められる

しかも失敗して、失われるのは精鋭の5000
つーか、これくらい魏が腰抜けだったら、
普通に安全策でも勝てる気がする。

943 :坂上田村麻呂:02/05/25 20:16
北伐と聞いてケ小平と蒋介石の顔が出てきた。
そっちじゃなかったのね・・・スマソ

944 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 20:35
北伐ってようするに
1.蜀の総力をつれて諸葛亮が魏の領地に進行
2.魏の防衛兵、蜀の大群に歯が立たず
3.魏本国から精鋭が蜀軍討伐に
4.蜀、とてもかなわず撤退
 の繰り返しなんだろ?

945 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 21:11
>941
その割には諸葛亮が来てびびったとか、矛盾した記述になってるよね(W

946 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 21:51
>>944
>2.魏の防衛兵、蜀の大群に歯が立たず
魏が十分な防衛兵を配置していれば解決する問題だよ。


947 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 10:36
>>944
それは1回目だけね。
2回目以降は防衛兵を配置したからニュアンスが変わってくる。
で、その軍を司馬氏が握って権力を拡大していくんだがな。

948 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 11:06
そろそろ1000逝きそうだが、次スレ起てるのかね?
大方の結論としては、防衛の為の侵攻で討伐ではなかったという事で

949 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:26
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1019194146/
次スレはこちらに統合しませう

950 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:38
ねーよ

951 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:44
>>950
既出ネタ カコワルイ

952 :無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:36
新スレ
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1022423590/

953 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 00:02
part2スレの方が先に1000越えてしまったワケだが、

954 :無名武将@お腹せっぷく :02/06/02 00:58
知った次の日に1000いってたなー、ビビッた。(w
合併先の人間がよほど多かったんだなあ。こっちはこっちで続けた方が
よかったのかも・・・向こうで2回しか発言できんかった(w


955 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 08:14
>>934
長安を取って終わりじゃなくて維持できないと考えたんじゃないの?
どう甘く見積もっても蜀漢に長安以西を維持する力無かったでしょ。

956 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 09:30
つーか、史実の話をしてるのか?演義の話をしてるのか?
934の長安攻略法の出所は演義みたいだぞ(藁

常備軍についていえば、長安以西は異民族の侵入が激しいので、都市防衛のために
各都市に少しずつ存在し、また普段は農業などをして非常時に召集される予備役の兵がいた。
姜維はその都市防衛兵の一人。
長安について言えば、長安そのものよりも長安の四つの関所である東の函谷関、西の散関、
南の武関、北の蕭関に守備兵が配置されていた。
特に函谷関を突破されると、中原に西北の異民族が侵入することになるので
それなりに手厚く守られていた。
とは言え、北伐軍が速攻をかけていれば長安が獲れないほどの兵力ではなかったろう。

しかし、長安維持に失敗してかつての馬超たち関中十部軍の二の舞になることを恐れた
孔明は、まず魏の本国からの派遣軍(曹真、司馬懿、張郃)を蜀に有利な蜀寄りの地で破る、
または長期戦化させてかつての漢中争奪戦のように魏軍が撤退するのを待つことを選んだ。
魏の本国軍が撤退後に、少しずつ占領地を蜀化しながらゆっくり長安まで東進するつもりだったのだ。
しかし結果はご存知のとおり、街亭での失敗で蜀のほうが撤退することになった。

演義と違って、史実の魏延は劉備が大抜擢したほど優秀な男。
そして、そういう軍人にありがちな自分の勘を信じる積極性を持っていた。
長安奇襲策は賭けの要素は濃いが、後世の俺たちがとやかく言うような空論ではなく、
ここを戦機と見た戦闘のプロの魏延らしい、勘と経験に裏打ちされたあながち
不可能な策ではなかったろう。
実際、中国軍の作戦部門で歴史的な戦闘内容を検証することが行われたが、
魏延の策は可ではないが不可でもないという評価だった。
しかし、そこが文官上がりで常識的戦略論者にして慎重派の孔明には受け入れられなかった。

魏延の言うとおりにしていれば、一気に長安は獲れたかもしれない。
孔明も街亭の敗戦がなければ、最終的に長安は獲れたかもしれない。
しかし歴史の選択は一度だけ。

957 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 11:47
>>956
>長安以西は異民族の侵入が激しいので
蜀と異民族の連合軍で長安を奇襲すれば、間違いなく可能だったと思う


958 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 12:02
異民族が長安で略奪三昧、支持が得られず占領地はすべて死地に‥‥

959 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 12:39
>>958
馬氏がいるじゃん。
有効に使わないと。

960 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 13:11
>>958-959
馬超が異民族と交渉できるよ
条件を以下のようにする
1.長安は蜀の支配地とする
2.交換条件については交渉の余地がある
これなら、蜀が長安を維持できる可能性が高いよ


961 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 13:16
まぁ、生きてればできたかもしらんけど‥‥
馬岱その他には無理だろう

962 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 13:35
>>961
孔明と馬岱の二人で異民族と交渉できるよ
条件は>>960と同じ
異民族に長安を蜀の支配地と認めさせることが必須条件だよ


963 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 13:37
馬超って信用できるのか?

964 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 14:12
 馬氏の影響力は馬超の乱のときが最盛期で、これに惨敗してから地に落ちてる。
 でなきゃ、あの馬超が漢中に身を寄せている筈もない。
 自力でまた異民族誘って自立しているだろう。
 実は馬騰と韓遂が異民族に影響力を持っていたのは、同朋に韓遂がいたからというのが大きい。
 このオヤジの戦争下手っぷりと負けまくる癖に、不思議と再起する異民族人気は正史の謎のひとつ(笑)
 劉備や諸葛亮は、その辺の事情に疎く“馬氏は涼州での影響力が大きい”と期待していたのだと思う。
 馬超や馬岱ではなく韓遂だったら、物凄く面白い仮定だとは思うが……

965 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 14:13
>実は馬騰と韓遂が異民族に影響力を持っていたのは
 スマン、馬騰と馬超が、だ。

966 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 22:48
>>964
馬超と韓遂が喧嘩状態になった時期に、馬超が異民族と組んで反乱してた筈だが。
それが負けた後に今度は韓遂が異民族と組んでいる。
なのに韓遂だけが影響力あるという根拠はどこから?

967 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/02 23:48
つーか、次のスレ作らない?もうひとつのバカスレは破棄して新しいの作ろうよ

968 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/03 01:27
異民族って何を指してんだ?匈奴か?キョウ族か?
匈奴なら魏がすでに和親策とってなかったっけ?蜀とわざわざ手を握る
とは考えにくいが。

969 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/03 01:53
馬超韓遂が組んだのは羌族

970 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/03 18:55
キョウ族ってチベット系だろ?戦力になるのか?匈奴並みの力がなければ
やはり無理があると思ワレ。

971 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/03 23:01
戦力にならんとは言ってもゼロじゃないだろ。
防衛軍を配備する必要の有無ってのは
実際の蛮族の戦力以上に神経使うんじゃないかな。

972 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/04 00:06
でもそれは味方につけた時も同じじゃない?
味方になったらなったで、どこまで信頼できるか疑問だ。戦力的にもね。
だから実際にアテにしなかったんじゃないのかな。
基本的に異民族には当たらず触らずってのがよいんでないの。馬超韓遂も
自軍に余裕があったなら、頼らなくてもってのが本音のような気も。だから
馬超も結局落ちていったんじゃないのかなあ。影響力というよりは。

973 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/06 02:08
>>972
まあ例えて言うなら将棋打ってるときに相手にハエがまとわりつくようなもんだ。
戦局には影響ない筈なんだけど、精神的にウザ。
曹操に「馬超が死なんと安心できぬ」みたいな事いわせたのは
やはりいちいち羌族煽ってウザい、という事だと思うけどどう?

974 :無名武将@お腹せっぷく :02/06/07 00:06
内政側からみた場合ね。なるほど。
内政に打ち込みたい魏の立場から言うならうざそうな気も。(北伐自体がそうかw)
ただ北伐する側、蜀側の戦略としてはどうなのかなと。着眼は悪くないと思うけれど。

975 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/09 01:14
30年戦争で独逸は傭兵を雇ったために国が崩壊しているが・・・

976 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/10 21:32
ジャ−ンジャ−ン
姜維は蜀の未来を見てしまった。

こうなったらまずは国賊共を粛清しなくてはならない。
姜維は直ちにクーデターを起こした。
言焦周と黄晧を追放し劉禅を退位させ、
劉ェを皇帝の位につけた。

そうしてから、
鐘会に密書を送った。
「魏に災い有り。魏の君は臣下に弑せられるであろう。
貴公は速やかに蜀に降れ」
鐘会は何の事かわからず密書を主君曹髦に見せた。
曹髦は見るなりわななき怒りの声を上げた。
「蜀の下郎と通じている者がおるのだ。
そやつはそちも巻き込んで、朕を殺しこの魏を乗っ取ろうとしている。
鐘会、その者のことはそちも分かるであろう」
鐘会は何も応えなかった。
司馬一族は宮廷に多くの間者を放っている。
このことが彼らの耳に入ればただではすまぬ。


977 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/10 23:21
>>976 面白い(w
魏延が生きてたらもっとオモシロイかもね。

978 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/23 01:15
保守age

979 :無名武将@お腹せっぷく:02/06/27 23:33
ええ加減にせえよ

980 :無名武将@お腹せっぷく:02/07/03 21:57
姜維にもっとがんばってほしかった。

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